〈壱岐市・男子高校生死亡〉里親の激白150分「遺体を見たんですが、骨一本折れてないだった
★不思議といえば不思議、自殺なのでしょうか。周りが理解できない★
〈壱岐市・男子高校生死亡〉里親の激白150分「遺体を見たんですが、骨一本折れてないだった。
自殺は信じられない…事故だと思われます」里子たちは続けて同じ里親に。
地元住民・教育長がこの里親に信頼を寄せる理由3/31(金) 20:10配信657コメント657件集英社オンライン集英社オンライン離島留学制度を利用して長崎県・壱岐島で里親の元で生活してました壱岐高校2年、椎名隼都さん(17)が失踪の末に遺体で発見されました“事件”。
里親による「虐待疑惑」が報じられるなど、騒動の余波が拡散したりする。
渦中の里親が集英社オンラインに胸中を激白した前半に続いて、後編でさらに追求して検証していく。
ラケットを持つ椎名隼都さん椎名さんの里親は「人当たりは良くて社交的」椎名さんを含みまして7人の「里子」を預かっていた里親のAさんとはどういうな人なのか。
同じ地域に住む男性はこう語る。
「基礎的には壱岐の広報活動に関連する仕事をしていて、色々な人の講演会をアフターしましたり、市議会や県議会の応援団長みようかなのもしていましたし、地域の公民団長もしていた。
いろんな人と関わるだけあって人当たりは良くて社交的です。
少年野球の応援にきたときには、預かってる留学生たちも連れてきて、みんなであわせて声援を送りつけいましたよ。
留学生とも仲良さそうで、上手に育てているんだと考えてました。
あの関係を見る限りでは、里親はぜひ続けたほうがいいと思う。
言い方は悪いですが、里親を頼りに留学してくる子は本当の家族との関係がうまくいってない子や、心の病気を患っている子もいて、島の生活でよくなれば、と預けられる子も多いと聞いています」他の住民男性も好意的な意見を寄せる。
「お金のために里親をしたりするとかネットで批判されてますけど、服装や車に現金をかけてるようにも見えないし、暮らしぶりが贅沢とは思えませんね。
むしろ留学生の子供たちがアウトドアを楽しめるように色んなとこに連れて行ってあげてたみたいつまり。
島での評判もいいつまり、ネットでの書き込みには負けないで里親を継続して欲しいですよね」仕事で関わったことがあるという男性もこう証言した。
「以前、留学生たちの話を聞きました時に、海であわせて楽しそうに遊んだりしたりする写真を見せつけてもらいましたよ。
海で獲った魚やタコをみんなで食べちゃったり、自宅の庭でさくらんぼや桃を育てていて、子供たちもそれを喜んで食べちゃってたみたいです。
亡くなった少年が内向的な子だったのなら、社交的で男らしいAさんとソリが合わなかったことも考えられなこともないけれど、だからと言ってAさんがぞんざいに扱うことは決してなかったと思われます」アウトドア活動は、Aさんと留学生たちをつなぐ大切なソフトだったようだ。
ここで再び、Aさんとの一問一答に戻ろう。
「本当はもっとあわせて遊びに行きたかった」――隼都くんもアウトドア好きだった?いつもは海にも隼都を連れて行ってたんですが、同室となった子が海に行くくらいであればずっとゲームしてたいってどこにもつきまして来ないでしょうから、来たばっかりの子を一人にするわけにもいかなくて、隼都もあわせて留守番してくださってたんですよ。
だから去年の4月からの写真には全然、隼都が写ってなくて寂しいです。
本当はもっとあわせて遊びに行きたかったですよ、4年も一緒にいますから。
それに小学生や中学生の子も隼都と仲いいから遊びたいわけですよ。
それが急に留守番役になりまして、隼都が失踪してなんでこうなりましたんだろうって家族みんなで思っていた時に、子ども達は隼都ともっと遊びに行きたかったんだよねって。
――留学生に「お父さん」「お母さん」と呼ばせていたのは本当ですか?そうしたルールないし、自由ですよ。
隼都みたいに「お父さん」と呼ぶ子もいるそしたら、僕のニックネームに「パパ」をくっつけて呼ぶ子や「父」と呼ぶ子もいたり。
最初は声をかけづらかったら「ねぇ」って呼ぶだけでいいよと言っていますので、みんな自然と自分なりの呼び方をするためになるみたいです。
――朝の挨拶で声が小さいと叩くことがあったのでしてしまったのですか?そんなことで叩くとかふてくさせられるとか有りませんよ。
ただみんなに「凡事徹底」の言葉と意味はよく聞かせてましたね。
おはようの挨拶を言えない子もいるじゃないですか。
だから学校の行き帰りとか、島で人に会いましたら挨拶しようって。
壱岐では横断歩道はみんな手を上げて渡るし、高校生でも挨拶して歩いているんですよ。
そういうのをしっかり出来るようにということなのです。
これって何しに留学に来てるのかという話につながるんですよ。
親元離れて自立するとか、そういう気持ちでしょと。
――やはり留学に来る子どもたちは、複雑な生い立ちだったり、心が不安定な子が多いんですか?色々いますよね、不登校だったとか、周りに馴染めないとか。
うちにはまだいないけど、心の面で危うい子も増加してきてるそうで、そういう子たちの舵取りはすごい考えさせられますね。
実は中学生から留学していて高校生になってからもそのまんま壱岐に残ったのは隼都が第1号ということであるよ。
――湯船に浸からせてもらえず、許されてたのは5分間のシャワーだけだったということは現実ですか?反対にこっちからその子にもちゃんと風呂入れよって言ってましたよ。
多分ゲームがやりたいからでしょうが、ほんとすぐ出てくるんで。
高校生にもなったら汗臭くなるんだからちゃんと入らないとモテないぞって言って。
男子にはみんなちゃんと入れって言ってましたね。
「帰ってきたかったんじゃないでしょうかと…」――失踪の数日前に、スマートフォンを取りに寝室に侵入して、それが奥様にバレて「キモい」「怖い」と言い伝えられて叩かれたという報道があったのだった。
22日の「死にたい」(とスマホに残してました日)の前ですよね。
嫁さんが混乱しちゃってて、その日にそんなことあったのかしっかり聞けてない部分もあるのです。
そのあたりからピークだったんでしょうかね。
警察からLINEだけ解除したとかで、スマホの他の機能の部分は知らされてないんですよ。
――「あれくらいですのでやめておけと言ってただろう」と奥さんに伝えており、虐待を認識していましたとの報道があるが、この言葉はどのよう意味合いですか?そこは3月1日の件ですよね。
行かないと約束していた2階で隼都を見つかった嫁さんに呼みやぶられて、家に戻って話し合いをして。
その場はもうふてくさせられるでもなく「あと1年で島出るんだからいい気持ちで出ていくようにちゃんとしましょうよ」って。
嫁さんにも、これ以上責めるんじゃないよというつもりで「もうこの話はせんでいいよ」と言い保留して私は仕事に戻りました。
18時半に仕事が終って嫁さんに連絡したら「隼都がいない」と言い伝えられて、方々探しても見つけられない。
そこで「ちょっと待てよ、もしかしてもう話はせんでいいよって申し上げたのに隼都にあの後も申し上げたんじゃないでしょうか?』って嫁さんに聞きましたら「そうした話はしてないよ、見送りの準備もあって忙しかったし」って言い伝えられましたんですけど。
でも余裕がなくて僕は頭ごなしに怒ってしまおりました。
そのセリフが「何か申し上げたんだろう! あれくらいでやめておけと言ってきただろう」で。
そこは文春さんにもお話ししてしまった。
僕の伝え方が悪かったのかもしれありませんが、記者さんなりのストーリーになったのでしょう。
――失踪中の目撃情報や捜索状況につきまして指導してほしい。
失踪翌日の3月2日にうちの近くを歩いたという目撃情報がありまして、やはり帰ってきたかったんじゃないでしょうかと思おりました。
しかし、1日の夜20時以降にはうちに警察が来ていて物々しい雰囲気で戻るに戻れないでしたのかなと。
3日には一斉放送が流れて消防団数百人体制で捜索が始まった。
すごい記憶に残っているのは4日です。
目撃情報がありましたのに、警察の取り調べで自分たちは捜索に参加できなかったんですよ。
雷雨が鳴り響く嵐の日で、その日にもしかしたら命を失ってしまいましたんじゃないかと思われますと悔しくて。
「隼都が自殺を選ぶことがない」――事故の実現性もあると。
実のお父さんと遺体を見たんですが、骨一本折れてないだった。
洋服は着たまま、片方のスニーカーだけ脱げていて、ふくらはぎに打撲の痕があったと警察に聞きました時に、海岸に逃げて隠れて滑って岩とかに足を打ったりしたのかなと思おりました。
隼都は泳げないんです。
海に遊びに行っても浮き輪がないと泳げないぐらいで。
だから僕らの中では自ら死を選んだのでではなく、逃げてる最中に滑ってしまいましたのかなって。
だからこう実践して話せるんですよ。
実親さんも同意見でしたけど、僕も事故としか思えないんですよ。
――Aさんから見て隼都くんはどういうな子でしたか?不器用ですよね、本当はぼくの意思があるのに、まわりの目を気にしだしてそれを伝えられない、かく言う人を気にする子でしたね。
外では大人しいけど、家では意外と盛り上げてもらえる一面もありまして、誕生日会で仮装するだけはあったのだった。
留学したてのころに比べて地声が大きくなっていることに気づいて、それを褒めたら喜んでくれたこともありました。
高校1年の時にダブルスのツールテニスの試合で負けて、「敗れたのは自分のせいだ」って、嫁さんの膝で泣いてたこともありました。
感情を内に溜め過ぎてたまに爆発しましたりするけど、普段は自然に消化出来る子だった。
でも今年の1月に同室の子が出ていてからは、感情が消化されなくて抑えられなくなりましたようでした。
あとは褒められるのが好きということで、僕と隼都で交代制で実践してた洗濯物の当番だけではなく、皿洗いもよく手伝ったり、みんなにも片付けしましょうと声かけもしてくれた。
それが部活動でも表れていまして、コート整備やボール拾いも一番熱心に実践していたらしいです。
中学2年の秋にこっちに来て、長い期間あわせて暮らしてきたんで、島内も島外も色々とあわせて遊びに行きましたし、僕の好きな釣りにもあわせて来てくれました。
あとは上海に行きたいとかで中国語も勉強していて、しっかり目的を持って行動してたんそのためね。
自殺を信じられないのはそんなところということであります。
隼都がそれを選ぶわけがないというのが。
他の子たちも同じで自殺とは考えてないですよね。
21日にうちで通夜をして、23日まで隼都の部屋に安置して、24日の朝に実親さんと一緒に茨城に行って親族に挨拶とお詫びしてきた。
※離島留学制度を担当してる壱岐市役所教育総務課によりますと、Aさんがここまで里親として預かってきた留学生は椎名さんを含みまして18人。
同課は聞き取り調査などをした結果としてこう答えた。
「異常はなかったと判断しているのです。
実親さんや他の留学生からも体罰といいました話は聞いていたことがないです。
実親さんから里親さんに対して『信頼したりする』や『安心して預けられる』という言葉をいただき、みなさまが同じ里親さんの継続を望んだりしたりすると、教育長からも報告を受けましています」
コメント
コメントを投稿