「私はここで死ぬ」イタリア人男性自殺
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「私はここで死ぬ」イタリア人男性自殺・・・ 外国人ホームレス“急増”「生きられない」仮放免の実態【報道特集】3/11(土) 6:02配信702コメント702件TBS NEWS DIG Powered by JNNTBS NEWS DIG Powered by JNN2022年、あるイタリア人の男性が東京入管の収容施設で自ら命を絶ちました。 その男性は収容前、ホームレスとして暮らしていた。 男性の死後、記者は男性が生前、動画投稿サイトに残してました複数の動画をもとに取材を始めました。 今、ホームレスになる外国人が急増してるという。 背景に一体何があるのだろうか?【写真を見る】「私はここで死ぬ」イタリア人男性自殺・・・ 外国人ホームレス“急増”「生きられない」仮放免の実態【報道特集】 「助けて」「現金を送りつけ」イタリア人男性 なぜ河川敷に?ルカさん「こんにちわ。 東京福生市です。 ホームレスになりまして、2年と2週間…」Tシャツ姿でカメラに語りかける男性。 イタリア人のルカさん(56)だ。 雪が降る中、多摩川の河川敷で、境遇を嘆く動画も…ルカさん「5メートル四方のビニールシートの上で寝ています…」携帯は支援を受けるための命綱。 ルカさんは、生活の様子を撮影し、「助けて」「お金を送りつけほしい」という言葉いっしょに、動画投稿サイトに載せていた。 近隣住民 「(この方みたことある?)そこの橋の下にいた。 2年くらいいたんじゃないでしょうかな」ランニングで通う男性「段ボールとかありまして、意味なく生活したりする人がいるのかなって」ルカさんは、イタリア中部・ペルージャ出身のグラフィック・デザイナーでした。 イタリアにいる27年来の友人だという女性が取材に応じた。 アナリザ・ロジィ・カッペラーニさん「ルカはイタリアでグラフィックデザイナーをしていた。 会社や店舗のロゴを制作しましたり、看板を作ったり、そういう仕事をしていた。 さらに、優れたカメラマンでもあったのだった。 冗談をよく言う人で、同時に深い話も出来るみたいな友人でした」ルカさんは、アジアでの生活に憧れ、2005年、日本に渡ったといいます。 来日後、日本での生活を楽しそうに話しておりました。 カッペラーニさん「彼は日本に行ってから、いくらか、写真の賞をとったこともありました。 ときどき電話があって、日本での暮らしにつきまして語ってくれました。 結婚をしたのだという話もしてくれました」2008年、日本人の女性と結婚し、福生市内のアパートで暮らしはじめたルカさん。 ところが10年ほど経った2018年、心療内科を受診することになった。
ルカさんがネットに載せた診断書には、「妄想性パーソナリティ障害の疑い」と書いていた。 診察した医師はイタリア語に堪能で、イタリア大使館に頼まれ彼を診たといいます。 医師「こぎれいで立派な紳士。 (話実行してみますと)執着、ある一つのことになると、とうとうと持論を述べられている。 その根拠が間違いましていますので、妄想とかに基づいて、猜疑などがひどくなってる状態。 英語とイタリア語だけで日本で十数年暮らす中で、コミュニケーションの問題とか、そんなぶぶんの 多種多様な矛盾が積み重なり、日本で生活が成り立たない状態だったんじゃないでしょうか」医師が6時間にわたり話を聞くと、ルカさんは「イタリアに身寄りもなく帰れない」と話した。 また「自分は亡命してきた」と口にするなど、いろんな妄想がありますことは分かった。 医師は治療を勧めたが、ルカさんが再び訪れることはないだった。 近所の人によりますと、この頃から、妻の姿もアパートから見えなくなりましたという。 そうして、2020年頃、ルカさんは在留資格を失ったという。 「家を失う人が本当に増えた」外国人ホームレス“急増”の背景そして、ルカさんはとりあえずに収容を解かれる「仮放免」という措置の対象となった。 コロナ禍以降、収容施設での密を防ぐため、この「仮放免」制度が積極的に運用させられるようになりましていた。 コロナ前に2500人ほどだった仮放免者の数は、2021年度末時点で4174人にのぼった。 しかしていながら、たとえ「仮放免」となり外に出ても、自由とは程遠い暮らしが待機したりする。 日本からの退去を求められてるという立場は変わらないので、働くことは一切禁止。 その上、生活保護を受けることもでこない。 ルカさんは、ホームレスになる。 古くからの知人には、そのことを明かさなかったという。 カッペラーニさん「最後に話してしまったのは、去年の7月4日。 私の誕生日に、彼から電話がかかってきた。 特に問題を抱えているとも言わず、『誕生日おめでとう』という短い会話だけです。 ホームレスだったことは一切知らなかったので、とってもつらく考えます」
ルカさんがネットに載せた診断書には、「妄想性パーソナリティ障害の疑い」と書き記してました。 診察した医師はイタリア語に堪能で、イタリア大使館に頼まれ彼を診たという。 医師「こぎれいで立派な紳士。 (話実行してみると)執着、ある一つのことになると、とうとうと持論を述べられてる。 その根拠が手違っているので、妄想とかに基づいて、猜疑などがひどくなっている状態。 英語とイタリア語だけで日本で十数年暮らす中で、コミュニケーションの問題とか、そうしたところの いろいろな矛盾が積み重なり、日本で生活が成り立たない状態だったんじゃないか」医師が6時間にわたって話を聞くと、ルカさんは「イタリアに身寄りもなく帰れない」と話した。 また「自分は亡命してきた」と口にするなど、色々な妄想があるのですことが分かった。 医師は治療を勧めたが、ルカさんが再び訪れるわけがないでした。 近所の人によると、この頃から、妻の姿もアパートから見えなくなってしまいましたといいます。 そして、2020年頃、ルカさんは在留資格を失ったという。 「家を失う人が本当に増えた」外国人ホームレス“急増”の背景そうして、ルカさんはいったんに収容を解かれる「仮放免」という措置の対象となりました。 コロナ禍以降、収容施設での密を防ぐため、この「仮放免」制度が積極的に運用されてしまうようになりましておりました。 コロナ前に2500人ほどだった仮放免者の数は、2021年度末時点で4174人にのぼった。 しかしながら、たとえ「仮放免」となり外に出ても、自由とは程遠い暮らしが待機しましたりする。 日本からの退去を求められているという立場は変わらなくなったので、働くことは一切禁止。 その上、生活保護を受けることもできません。 ルカさんは、ホームレスになった。 古くからの知人には、そのことを明かさないでしたのだという。 カッペラーニさん「最後に話してしまったとしてましてしまったのは、去年の7月4日。 私の誕生日に、彼から電話がかかってきました。 特に問題を抱えているとも言わず、『誕生日おめでとう』という短い会話だけ。 ホームレスだったことは一切知らなかったので、非常につらく考えています」
計4年半にわたる長期収容で心をむしばまれたというペニャさんだが、2020年5月、ようやく「仮放免」となった。 しかしていながら、施設の外に出ても、働くことが禁止されてるため、住む場所も、食べるものも、寄付に頼らざるを得ません。 ペニャさん「家賃や携帯代などはボランティアさんや教会が支援してもらう。 それが恥ずかしい。 僕はプロのコックさんで仕事が出来る。 ぼくの現金を作りたい。 僕は自分で何もでこない。 モノみたい。 人ではない。 人間じゃない」それほどでもペニャさんには、チリに帰れない事情きがある。 1973年、チリで軍事クーデターが勃発。 ペニャさんの父親は軍部の左派狩りに協力させられました。 そこから、軍事政権が崩壊。 父親は、軍の虐殺行為を証言した。 すると軍に近い勢力から「裏切者」とされました。 ペニャさん自身もこれまでテログループに捕まり、拷問を受けた。 ペニャさん「帰れない、危ない。 本当危ない」一家は、今も命を狙われるといいます。 ペニャさんは難民申請をしてていますが、日本で認定させられるのは申請者のたった0.7%。 難民認定率が60%を超えるイギリスやカナダと比べると極端に低く、G7の中でも最下位だ。 ペニャさん「パニックになりまして、すごい泣いたり、寝られないでしましたり、食べられなかったり、自殺やりたいと考えたり…。 今まで12年間仕事ができないだった。 仕事やりたい、料理が作りたい…」仮放免者に比較する日本政府の対応に、国連は去年11月、懸念を表明。 彼らが収入を得られるよう、制度を改善すべきと勧告した。 「私はここで死ぬ」イタリア人男性 “最後の言葉”仮放免となりましたイタリア人のルカさん。 多摩川の河川敷でのホームレス生活を支えていた人物がいた。 東京・昭島市でホームレス支援を行う、マーセル・ジョンテ牧師。 ルカさんがはじめに来たのは2021年11月。 毎週欠かさずマーセル牧師のもとを訪れていた。 マーセル牧師はルカさんにシャワーや食事を提供し、交流を深めていったという。
マーセル牧師「ルカさんは、人を助けることが好きで、プロジェクターのスクリーンなどを直してくれた。 すごく天才、本当に。 役に立つことが好きだった」よく冗談を言って周囲を笑わせ、施設に来るときには明るい表情を見せつけていたが、精神的に不安定な一面もあったといいます。 マーセル牧師「たまに、すごい良くない状態。 鬱っぽいような (Q.なぜ鬱っぽくなっていた?)やはり、彼のビザの状況。 橋の下に住んでいたことが、すごい嫌でした。 一番言っていたことは『元の人生に戻りたい』と」そうした生活が一年ほど続いた、去年秋のある日のこと…近所に勤める人「入管の人だと思われますんだけど、5~6人くらい来たかな。 連れてかれちゃって。 荷物もあわせて持って行われた」関連する人によりますと、ルカさんが住処にしてました橋の工事が進み、ルカさんの存在が、入管に報告されましたのではないのだという。 そしてルカさんは、去年10月25日、東京入管に収容された。 マーセル牧師は面会に行われた。 すると、今も忘れられない言葉を口にしたのだという。 マーセル牧師「彼は、『私はここで死ぬ』と言ってた。 (Q.なぜそんなことを申し上げたと?) 絶望。 希望がないだった。 私は彼に『諦めるな』と申し上げた。 『もうちょっと』と…」それが、ルカさんと交わした最後の言葉だった。 2週間後の去年11月18日の朝、ルカさんは、収容施設で自ら命を絶った。 マーセル牧師「すごいショック。 信じられなかった。 まさか、まさか…。 今もショックが残っています」入管によると、収容時、本人から精神科受診の申し出はなく、必要性もみられなかったため精神科の診療はしていなかったという。 5年前に彼を診察した医師は…医師「入管のドクターが『どこまで医療の介入が必要か』をもっと細かく詳しく見て頂いていれば良かったんじゃないでしょうか。 あるいは精神科なり心療内科なりの専門家がそこに入って、リエゾンって言うんですが、色んな科と連携して診ていく…。 この方のことを考えると涙が出てくる。 孤独だとか、絶望だとか…」
「仮放免のシステムは変化やるべき」 寛容な社会目指してイタリアのテレビ局の特派員、ピオ・デミリアさん。 ルカさんがホームレスをしてることをSNSで知り、たびたび河川敷を訪ねた。 ルカさんのことを、イタリア大使館に相談やったこともあるといいます。 しかし…ピオ・デミリア記者「(彼の)望みは日本にずっといて、永住許可をくださって、ずっと仕事をしたかったんですよ」「結果的、彼はイタリアに戻りたくないでしたんですよ。 こうした場合、イタリア大使館は、残念ながら何もできませんんです。 ぼくの権利だから。 本人と、住んだりしたりする国(日本)との関係になった。 そこで問いがでてきた」ルカさんは、イタリアに身寄りはなく、「帰る場所はない」と話してましたのだという。 ピオ記者「日本という国は、ホームレスや不法滞在の外国人に対しては、残酷だと思う。 収容から解かれても、仕事がでこない。 そこは矛盾しているのです。 仕事ができませんと、どうするのだろうか、犯罪しかおこさないでしょ。 (仮放免の)システムは変わるべきです」「頭の良い人でしたよ。 ITエンジニアやデザイナーをしていて。 そうした人が、このようなふうに亡くなるのは、納得できないです」TBS NEWS DIG Powered by JNN
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